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pastxtにあるRing,ring!とその続きです。
▽ Ring, ring!
あいつがヨーロッパへ行ってしまってから気づいたことがあった。きっとなし子も言い忘れたんだろう、そして俺もすっかり訊き忘れていた。
あの日空港で見つけた喫茶店で色々話して、そして付き合ってすぐに遠距離恋愛へと入ったわけだ。別にそれは何も問題ない、確かに会えないってのは寂しいけど前から一緒に居てたわけじゃない分、まだマシだ。それこそ会話も何もしていなかったのだから、一週間に一回でもメールのやりとりが出来れば何も問題ない、と。もちろん気持ちが薄いわけじゃないけれど、きっとなし子もその程度に思っているし俺も問題はないはずだった。
問題があると気づいたのは昨日のこと、なし子がヨーロッパへと行った翌日だった。そう、なし子はヨーロッパへと行った、それはわかっている。そして、それしかわかっていなかった。喫茶店で長い間話していたにも関わらず、何も連絡先を聞いていなかったのだ。どこの国へ行ったのかそれすらもわからないという情けない現状。
唯一番号の知っている携帯はもう解約していた、もしかしたらまだ繋がるかと思ったけれど昨夜の希望は十分で儚く消えた。喫茶店でなし子が笑いながら話していたのだ、充電器を家に忘れてきてしまったしもう解約しようと。元から滅多に使っていなかったし、余計使わなくなるだろうしと。そしてそうかと笑って新たな連絡先を俺は聞いていない、すっかり話しているということに高揚していて無心に笑っていただけだ。馬鹿だ、思ってもなし子の連絡先はさっぱりわからない。
「・・・あいつ、電話してくるかな」
鳴る気配のない自分の携帯をじっと見つめて、ベッドの上に胡坐をかいた。思うのが、なし子だとまだ連絡先を言ってないことにすら気づいていないかもしれないということ。だとしたらまずい、いつ気づくのかわかったものじゃない。ただでさえ行ったばかりだと色々慌しいだろう、その上あいつの無頓着な性格を重ねると一生連絡はないんじゃないだろうかとさえ懸念してしまう。
携帯をクッションに放って、ごろりと枕に頭を寝かせた。黙ったままの携帯をじっと見ている自分が女々しくて、目を瞑る。
「なし子ー・・・」
Ring,ring!
「・・・やっぱ出ないかな」
ダンボールに詰まった荷物に囲まれながらも、先に引っ張り出しておいた木製のチェアーからぶらぶらと両足を垂らす。なかなか広い自分の部屋なのに、今はダンボールで床も見えない。
耳に当てた電話は四回目の呼び出し音を立てた。家にも着いて時間が出来たから連絡の一つでも入れてやろうかなと、もとい迷惑をかけてやろうと悪戯心満載でかけたわけだが。
窓の外は少し前に日が沈んだ薄暗い空。ここと冬獅郎のとこの時差は約八時間強ぐらいで、だから迷惑になるわけだ、今のあっちは太陽も正反対の真夜中だ。どっちにしろ合う時間帯なんてそうないのだ、私だって今を逃すと一週間は暇なんてなくなる。
「出やがれ冬獅郎の馬鹿、チビ」
"はい?"
悪口に引き寄せられるかのように呼び出し音が止んで冬獅郎が出た。まさか聞こえているはずがない、この不機嫌な声は寝ていたからだって私。
びっくりした心臓を宥めると、口を開いた。
「ご所望のラブコールですがー」
"・・・なし子、電話番号は"
「・・・・・・ラブコールですがー?」
"っせー!眠いんだよ寝かせろよ!"
思わず受話器を放してしまう、そんな大声で怒鳴ってきた冬獅郎。それに苦笑すると、再度耳を近づけた。
「まあまあ、それが目的でもあったんだよ冬獅郎」
"いい根性してんじゃねーか・・・"
押し殺したような声に、さすがにまずかったかと口をへの字に曲げた。でもこっちだって都合が合わないんだ、まあ睡眠を邪魔されるぐらいいいじゃない。・・・よくないか。
ぽりぽりと頭を掻きながら、ぶらぶらと揺らす足を床につけた。
"無事着いたんだな?"
「うん、今こっちは日が沈んだとこ」
"そうか"
静かな声に、だんだん恥ずかしくなってきた。返事の声は、さっきまでの怒った声じゃなくて優しさが滲み出てるそんな声。
さんざん喫茶店で話したし今特に話すようなことはない。まあラブコールだしからかってやればいいとか考えていたのに、どう考えてもそんな雰囲気ではない。私からかけたのに、返事が言えずに無言になってしまう。
"・・・なし子?"
「う、うん・・・うん、おやすみ!」
"は?"
「おやすみ!遅くにお邪魔しましたーまた、今度!」
"おい、ちょッ、待て!"
言われることも耳に入らなかった、頭が赤く沸騰してる。火照る頬を押さえて、ガチャンと受話器を戻してしまった。
起こされたのに住所も電話番号も何一つ伝えられていない、呆然とする同時刻の日番谷。
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▽ 数年経って赤い頬
「い、いい・・・いいから、いいって!」
「何言ってんだよ、するに決まってんだろ。さっさと座れよ、思わず笑っちまうぐらい気持ちよく洗ってやるから」
「いらん!それから冬獅郎が言うと変態に聞こえるから・・・!」
「おまッ・・・いい加減にさっさと座らねえと本当に変態になるぞ!」
「どんな脅し!?」
泣きそうになる私にじりじりと距離を狭めてきた冬獅郎と睨み合う。確かに散髪してもらうなら頭を洗うのは当たり前なんだけど、冬獅郎にそんなことをしてもらっては私がどうなるかわからない。冗談じゃなくやめてくれ、そんな心情は気持ちは伝われど理由は伝えられないから説得力がなかった。頑固な私の態度にも屈しない冬獅郎はタオルをもってそろそろと近づいてくる。
きょろきょろと周りを見渡すが、助けてくれそうな人も物もない。美容師と客の一対一の世界だ、他の人は見て見ぬふりである。
「人間、引き際が肝心だぜ」
「その言葉は今の冬獅郎にも当てはまるってわかってんの」
「知らね」
「・・・」
悪魔だ、可愛らしく笑った冬獅郎に身を強張らせる。私の頑固もスーパー級だけれど冬獅郎の自分勝手はそれを超えるミラクル級だ。このままではまずい結果になりそうな、少し嬉しいような。きっとわずかでも嬉しいかもと思った時点で私の負けなんだろう。
ため息をつくと、恨めしく冬獅郎を見る。
「・・・早く終わらせてね」
「さあな」
逃げて追いかけられてを繰り返すうちに遠ざかってしまっていた椅子を冬獅郎は指差した。どこかの高級レストランの店員のように、そこまでの道を導くような手。どうしよう、やめたくなってきた。
「オラ、さっさとしろ」
そうしてふざけたのは一瞬のことで、固まった私の手を引っ張って冬獅郎はちゃっちゃと椅子に座らせる。ああ、座ってしまった。下げるぞーと客に対するものとは思えない軽々しさで冬獅郎は椅子を下げる。ふ、腹筋・・・!体重をどうしたらいいかわからない私の頭を冬獅郎が下から支えた。それでも体重を全部預けてしまうことに気が引けて、私の動きは妙にぎこちなくなった。
それを気に留めなかったらしい冬獅郎は何も言わずに白い布を私の顔に被せた。いくら知り合いっていうか恋人だってこれは酷くないかと思うんだけれど、さんざんさっきまで暴れたのだからもう怒鳴り声はあげたくない。続いてひざの上に布かなにかの重み。
「熱かったら言えよー」
その言葉と同時にジャーとお湯が流れる音が聞こえて、冬獅郎に洗われてしまうんだとすでに気恥ずかしくなってくる。顔は赤くなっても見えないからいいけれど、耳は赤くなってしまったら丸見えだ。絶体絶命。
冬獅郎の手が頭に触れて、ぎゅっと手を握った。そして髪の毛がどんどん濡れていって。
数年経って赤い頬
まだ顔の赤みが引かない私に冬獅郎が首を傾げた。
「お湯熱かったか?」
「・・・少し」
適当に嘘をつくと背けたくなった顔を我慢した。ちょきちょきと後ろのほうで聞こえる音に、鏡に映っている私の髪を切っている冬獅郎。様になっている銀色のはさみに、地味なのに格好よく見える服装。真正面に映る私はなんとも言えないもので、今更だとわかっていながらもなんで一緒に居るのかわからなくなってくる。今はもちろん店員と客なんだけど。
「あ、枝毛」
「・・・・・・」
デリカシーのねえ美容師だ。
気づいているのだろうが冬獅郎はあっさりと眉を寄せている私を無視。次会うとき覚えてろよ、枝毛がなんだっていうのよ別にいいじゃない。人間、枝の一つや二つ持っていてもおかしくないのよ、手だって枝みたいなもんじゃない。唇をへの字に曲げる。
ちゃきちゃきとどんどん髪の毛を冬獅郎が切っていく。鏡越しにそれを見ながら、口を開いた。
「冬獅郎さ、なんで美容師なんかになったの?」
「なんで?・・・そうだな、なんでだと思う?」
「嫌な奴」
同じように鏡越しに目を合わせてきた冬獅郎に言葉を返した。私が疑問に疑問で返されることを嫌いだと知っていて、そして逆に冬獅郎は疑問に疑問で返すことが好きだ。考えれば考えるほど、ほんとにどうして一緒に居るんだか。
そろそろ返事を言ってくれてもいいんじゃないかと冬獅郎を見るが、真剣にはさみを動かしていて私には気づいていないみたいだった。学校に居たときから将来何でも出来そうだなとは思っていたけれど、本当に何でも出来るんだなあ冬獅郎は。それでも美容師になるとは誰も想像出来なかっただろう。
大体なんで一言も言ってくれなかったのだ、あんなに連絡を取り合っていたのに。何も言わず帰国して冬獅郎を驚かせようと、とりあえずその前に髪を切りたいと近場の美容院に来た私が逆に驚いた。驚かせるつもりが二人とも目を合わせて驚いた。そして先に我にかえってにやりと冬獅郎が笑ったのだ、お客様どうぞこちらへ。数年ぶりに会って、そしていきなりさんざん格闘した。
「なし子・・・枝毛多いな」
真剣な顔ではさみを動かしつつ、そう冬獅郎の口が動いた。デリカシーなんて言葉はどこを捜しても見当たらない、存在なんてしなかった。
「・・・どうして美容師になったんですか冬獅郎くーん」
突っかかる自分もいい加減にしろと思うので、話題を無理やり元に戻した。何度もあるやりとりは、大抵は時間が経ってからもう一度聞くと教えてもらえるし。
「あー、髪の毛切りたいから」
「・・・え、それだけ?」
あっけない答えに今度は振り向きそうになって、なんとか持ち直す。じょきじょきと髪の毛の量を減らす冬獅郎は手を止めないまま続けて口を開いた。
「視界に入る女の髪の毛が鬱陶しいし男のロン毛も鬱陶しい。正義のヒーローじゃねえがちょっとぐらい視界の毒を減らそうと思ってな」
「自分だって長いでしょ」
「馬鹿だろ、自分の髪の毛なんて見えねえよ」
「・・・。美容師の仕事って髪の毛のカットばっかりじゃないでしょ?」
「それは仕方ねえな、まあなるようになれ」
「なんか違う」
美容師としては違うけれど、冬獅郎としてはらしいような気もした。将来何になりたい?別れ際、空港の喫茶店で訊いたときに冬獅郎は何でもいいんじゃねえとどうでもよさそうに答えていた。
今となっては美容師も様になっているし似合ってる、考えてみればそうも思えた。それでも、美容師っていうのは人にサービスをする仕事なわけで。
「・・・やだなあ」
「は?何が?」
もちろん相手が男の人であることもおばちゃんとかであることも多いだろうけれど、同じくらいの歳の綺麗な女の人を相手にすることもそれなりにあるはずなのだ。私がこうしてやってもらってるみたいに、同じように。
口には出さず、はあとため息をついた。持っていた髪を切った冬獅郎が直接顔を覗き込んでくる。
「何がだよ?」
「べつに。あ、カットに不満があるわけじゃないから」
「当たり前だろ。で、何でため息をつくわけだ?」
当たり前だろって一体何様なんだ。口元を引きつらせそうになるが、そんなのに惚れている私も私だ。ぎゅっと言わない意味も込めて、口を真一文字に閉じておく。
私のその反応に今度は冬獅郎が口をへの字に曲げた。
「言えよ」
「冬獅郎にはそんな関係ないから、ちょっと別のことだから」
「お前がそういうときはいっつも俺に関係あるよな」
「・・・」
「吐け。じゃないと刈るぞ」
「いや・・・いやいやいや」
本気で脅してくる冬獅郎に口元が今度こそ引きつった。客の言うこと無視して髪の毛刈るってどんな美容師だよ、でも冬獅郎ならやってしまうような雰囲気が、みしみしと・・・。あれはバリカン?
「ちょッ、やめて言うから、吐くから!」
私の必死の叫びに掲げたバリカンを元の場所に戻した冬獅郎は、またじっと無言で私を見つめてきた。言ってしまった手前どうしようもない、ここで口を閉ざしても丸刈りが待っているのだ。美容師って恐ろしい。
冬獅郎が私の頭に手を添えてしまっているから目線だけ逸らすと、細々と口を開く。
「美容師やってるなら、綺麗な女の人の相手もするんだろなって・・・思った、だけ」
「・・・うっ、わー」
ぽかんと口を開いて言葉を漏らす冬獅郎に、瞬時に顔が真っ赤になった。そんなまじまじと見ないでよ、恥ずかしくて仕方がなかったし何言ってるんだこいつとか思われていたら嫌だとも思って。
もう抑えられているとか関係なく顔をぐるりと逸らそうとすると、その前にがしっと固定されてびくりと体が揺れた。通り過ぎるように髪の毛をあげた額に唇で触れた冬獅郎がすぐに離れる。時間差で真似をするように私の口がぽかんと開いた。
「な、にやって・・・」
何事もないように髪を切り始めた冬獅郎に、頭がついていかなかった。まさか夢ではないはずだ、本当に一瞬のことだったし周りの人も誰も気づいていないだろうけれど。額に手を持っていきたかった。
「すげえ、なし子が嫉妬した」
「・・・なに笑ってんのよ」
「向こうで浮気してねえだろうな?」
「してない」
即答してしまった自分にしまったと思い、見ると冬獅郎は満足そうに笑った。
「よし」
「とうー・・・しろうは、どうなのよ」
「は?お前、あれだけ忙しい忙しい言って出来た合間を全部連絡とんのに費やしてた俺にいつ浮気しろって?」
「・・・すいませんでした」
「よし。髪もこれでいいだろ、乾かすかー」
その言葉に、はっとして冬獅郎の顔から自分の頭に視線を移す。けっこう短くなっていて、切りすぎではないのかというような気がちらほらとした。そこへ冬獅郎が戻ってきてドライヤーで髪の毛を乾かしていく。
乾いたあと、ほれ、と冬獅郎が鏡の自分を指差した。
「・・・・・・」
「ま、こんなもんだろ」
「女の子は髪を切ったら生まれ変わるのよって、嘘じゃない気がする」
「だろ?なんせ俺が数年想像していた髪型だ」
「はい?」
「色んなこと教えられながらな、お前だったらこれは違うなとかこれがいいとか」
「・・・・・・」
顔を真っ赤にした私に、しかしな、と冬獅郎は続けた。
「なし子、向こう住んでる間に何回スリにあった?自分がカットって言っただけで俺が勝手に切り始めてるの気づけよ」
「・・・う、っるさいわー!スリなんか二回しかあったことないわよ!」
「・・・・・・」
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